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tayutauao

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10月21日、カンボジア7

起きたら7:00前。

スーツケースの上に乗せた足。

左に傾けて座ったままの体。

マスクと帽子、ipodから流れる音楽が何時になっても眠らない空港のロビーを遮断していた。

わたしはかなりぐっすり眠れたらしい。

深谷くんとおじさんは眠れなかったらしい。

女の人は図太いということがわかったと言われたけど、自分を図太いと思ったことはない。

ちなみにその反対だと思ったこともなかったのだけど、なんだか新鮮な言葉の響きだった。

わたしが起きたときには、時すでに遅し。

おじさんはもういなくて、さよならを言えたらよかったと思った。

出会いも別れもいつも驚くほど突然だ。

 

フライトは昼の2時。

ひたすらに待つ。ときどきうわーっと伸びをしながら、延々と待つ。

本読んだり、ひげを抜く深谷くんを見たり、

お湯で膨らむおにぎりを自慢気につくって食べたり、ケンタッキーとスタバにも行った。

あまったお金でコンビニで買い物しようってことになった。

一人12元ずつ。

小学生のときの遠足のお菓子を買うみたいな気持ち。たのしい。

 

わたしは念願のアイスを食べて、荷物を預け搭乗口へ。

深谷くんが歌ってる。

目とかがんがん合わせてくるし、そのまま全然続けちゃうし、満面の笑みだし、メンタルつよい。

わたしは荷物乗ってないのに荷物用のカート押してて、

これではただのカート押したい人ではないかと真顔になる。

あまりのお金で飲み物買おうとしたら5元札がはいらない。

なんでーってやってたら5元札じゃなかった。どうりで。

 

北京はもやもやとスモッグがかかっている。

アテンションプリーズ、と放送が聞こえる。

フライトナンバーの27深谷くんは聞き間違えていた。

えー、って顔で見てたらなんか文句あんのー?と言われる。

深谷くんと喧嘩できないとおもった。

 

いろんなことをきちきちと説明しきれてしまう人はすこし苦手だとおもった。

旅行会社を経営してるお兄さんの話に耳をそばだてていて思った。

趣味が悪いけれど、1週間ぶりに自分たち以外の人が日本語で話をしていたら聞いてしまう。

お兄さんは、スキルとして必要な話し方が身にしみ込み過ぎて、話がただの説明になっている。

なんというか余白や余韻や入り込む隙がなくて、会話ではなく質疑応答になってるというのかな。

門前払いされたみたいな感じがして、すこしさみしい気持ちになった。

 

上海行きの飛行機、読書を盗み見する。

飛び立つ瞬間くらいまで記憶あったんだけど、気付いたら雲の上だった。

夢かとおもった。うつくしかったんだ。

それからもずうっと死んだみたいに寝ていて、また気付いたら降り立つ手前。

空の色が今日もすごかった。

天国のような、今回の旅で何度か感動した上澄みの青を

どう例えようかなあってぼんやり考えてたのだけど、それは例えずとも満天の空色だった。

それから雲と空色の間はきれいなイエロー。

CHARAの声によく似ているなあと思った。

レモンキャンディは色のイメージも曲もぴったり。

階段のぼるみたいなグロッケンも鐘もぴったり。

あまいあまい空が続いていく。

 

太陽が沸点の高いネーヴルオレンジのようで、

どれほどの奥行きがあるかなんて想像もつかないけれど、

たしかに球だなと意識できるほどのはっきりした輪郭でぽんと浮かんでいる。

着陸の手前、高度を下げて雲を挟んだ地上から見上げた空の色は、わたしも知っているような気がした。

部屋にやさしく差し込んでくる夕方の色。

夏を過ぎて銀杏の葉っぱが落ちる前に少し痩せて見える季節の夕方の色。

牛乳で溶かした薄橙色。

そういえば、ベンジーもオレンジジュースにミルクを混ぜながら夕暮れ時って哀しいって歌ってた。きっと同じような色だと思うな。

ひらいたばかりの幼い金木犀の花の色に見えるのに

その雲を染める太陽はこんなに密度の高いぎゅうぎゅうの色なんだ。

空や雲が真っ赤に染まるとき、いったい太陽はどれだけの赤なんだろう。

わけも知らずに、燃える太陽がせつない。

 

降り立ったら1時間遅れで飛んだこの飛行機の乗り継ぎの便がもう飛び立っていた。

あとの便があれば成田まで飛べたのだけど、

それがないみたいなので明日の朝9時の便で成田に帰ることになった。

上海でもう1泊。こんなことがしれっとあるんだものなあ。驚きだなあ。

もちろんホテルもごはんも航空会社から出るそうなので、

せっかくだからしっかり楽しもうと思う。

深谷くんは体調が悪いみたいだ。熱もある。

なるべく早く休めるようにしてあげよう。

 

ホテルでごはん食べて、お風呂はいって2杯目のお茶を飲んでる。

わたしは子どもが風邪ひいたら薬づけにしてしまうんだろうな。

調子のよくない深谷くんと一緒にいて思った。

お腹もくだしてるみたいだし、ほんとかわいそうに。

代わってあげられないのって、心がいたむ。

ダンボールの中に捨て猫見つけたときの気持ちに似てる。

どうしたら居心地よくしてもらえるか考えてるけど、どうしたらいいか分からないから、

できることあったら言ってねと声をかけるくらいしかできない。無力。

ちょうどよくやさしかったり、気付くことのできる自分でいられたらいいのに。

 

一人暮らしをするようになって余計に思うようになったこと。

体調の悪いときって無性に心細くなったりするから、

そばに誰かがいてくれるだけでなんだか落ち着くということ。

それに習って、隣に横になって深谷くんの手をとって頭を撫でていたらなぜか、

わたしまで目がぐるぐると回って、手指の先がしびれてきた。

深谷くんの心音がどくどくと言ってるのか、わたしの心臓の音なのか

シンクロしてしまったどくどくがどちらのものなのかよくわからなくって

地震みたいにこわくなってきて何度も起きた。

こそばゆさに似たしびれに体を預けてると、

あれだけたくさん見て回った崩れた遺跡みたいにどんどん自分が壊れてゆく感覚が強くなってくる。

その間隔もせまくなって、10秒も手をにぎってられなくて、

もうこれ以上ビリビリときたらダメになってしまうと思った。

軽く発作が出る。仕方なくわたしも薬を飲んで強制的にシャットダウンをした。

おそらく、深谷くんの浅い呼吸に合わせて息を吸ったり吐いたりしていたので、

酸欠になっていたのだろうなと今になってストンと納得している。

 

けれど、呼吸だけではなかった。

「代わってあげたいな」とか

「なんとかしてわかりたいな」とか

つよくつよく想ったり念じるとこういうことは、起こる。

隣で苦しそうに熱を放っている人がしんどいのが嫌だったから、

少しでもマシにならないかな、渡してくれないかなって望みながら触れていた。

そしたら熱とか疲れがどうっと流れ込んできてたのだとおもう。

あまりに流れ込み方が激しかったので、

「若い人の治ろうとする力ってすごいな」と驚いた。

こういう、人が人を強く想うときに発揮される少し乱暴で無茶な力を、

ある種の魔法みたいなものを、うまくは言えないけれどわたしは信じているんだとおもう。