tayutauao

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10月26日、blue

 

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一昨日、「大学にいると秋みたいだな。」と思った。

落ち葉まみれの外階段をゆっくりと上っている最中に。

 

 

名前に季節がはいっているなんてずるいなア、と思う。 

 

 

17歳のとき、好きになった人がいた。

アキヒトという名前のその人のことを、わたしはアキと呼んでいた。

不思議なことなのだけど、アキにはじめて会ったのは

夏休みが明けて文化祭が終わった頃。残暑の残る秋のはじまり。

そして、最後に会ったのは11月の終わり頃か、12月のはじめ。

見る見るうちに秋が暮れていった。

 

思い返すとたったの2,3ヶ月だのに、なんだかずいぶん長い時間を過ごしたような気がする。

静かにやってきて、そのはやさのまんま通り過ぎていった。

わたしの中に迷うことなく編まれた気持ちとか、

アキの大きくて優しい目とか、

ぽつりと交わした会話の中身ではなくそのテンポとか、

会うと必ず一緒に食べたデリのカボチャサラダの黄色とか。

そんなものばかりが思い出される。

そして赤や黄色の葉っぱがひらりと舞うちょうどその季節の最中にもわたしは

「ああ、このちょっとマヨネーズが入り過ぎのカボチャサラダの黄色はきれいだな」と

思い出すだけの今と同じように、その黄色がどれほど美しいのかを感じていた。

 

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磨りガラスは透き通って、浅い。

キラキラとしていたけれど、控えめに反射するだけのその輝きは派手じゃなかったし、眩しくもなかった。

 

おそらく、最初はわたしだけが好きだった。

アキが繋いでくれた大きくて細くて歪なテレビで見たことのある深海魚みたいなその手と、

丸っこくて小さめのわたしの手が合わさったときに、なぜかそれがとてもぴったりだと感じた。

アキも同じように思ったらしく、

2人して顔を見合わせたそのときの心地よさがアキとわたしの距離を少し近づけた。

そういうささやかな恋だった。

 

アキは薬剤師だったのだけどその職を離れて、

専門学校に通いながらアトリエと化したマンションで毎日毎日服を作っていた。

部屋は糸くずや布切れやパターンで散らかっていて、

白くて、近未来を連想させる綿のたくさん詰まったおもしろい形の服がたくさんあった。

わたしは学校帰りにその部屋に行って、秋がミシンをカタカタいわせている間、

秋のお手伝いをしたり、布団にもぐって本を読んだり、気付いたら寝てしまっていたりした。

帰る時間が近くなったら、一緒に外に出て、手をつないで公園を歩く。

それから、どれもやさしい味のする体に良さそうなデリを一緒に食べた。

サラダと付け合わせ2種とメインとごはんとデザートとスープを選べる。

学校やバイトがない日も遊びに行った。

そういう日は堀江や船場まで服を見に出かけたり、

公園のベンチに座りながらスタバのラテを飲んだり、鳩にパンをやった。

 

月見バーガーが出始めると、2人で1つを半分こにした。

わたしはハンバーガーのパンを上だけ多く食べてしまったり

具をぐちゃぐちゃにしてしまうけれど

アキはとてもきれいにそれを食べたので

いつもアキが先に半分食べて、わたしはそれから残った半分を食べた。

 

 

11月の終わり頃、夜中の電話で「もう会えない」とアキが言った。

アキは30近いオトナの男の人だ。

お金を貯めて、それまでの生活を投げて、勉強して、わんさか服を作っていた。

別にそんな気もなく、たまたま気が合って

好きな服のブランドの春/夏コレクションの展示会を見に行く約束をした女子高生が

なんとなく自分のことを気に入っていて、

手を繋いだら思わず顔を見合わせちゃうくらいには自分もしっくりきちゃって、

相手もそれ以上何かを求めてこなさそうだからまあいいかと思ったんだけれど

なんだかやっぱりこれはいかんことだよな、未成年だし、とかつまんないことを考えたりしたんだろうか。

本当は好きな人がいたり、けんか中の恋人と仲直りでもしたのだろうか。

服を作ってるときはとても楽しそうだったので、それどころじゃなかったのだろうか。

それとも、単に興味がなくなっただけだったのだろうか。

 

 

はじめて目の前で服を脱いだ時に、きれいだなあってアキが溢したのがうれしくてちょっと泣いた。

男の人にそんなこと言われるのは初めてだった。

四つ橋線の改札前で、抱きしめてくれた後にまたねって手をひらひらさせて笑ってる姿を幾度だって見た。

アキはすごくきれいに食べ物を食べるのに、おはしの持ち方だけがへんてこで一緒に練習をしたけれど2人とも直らなかった。

 

アキのことがとても好きだった。

アキのことがとても好きだった。

アキのことがとても好きだった。

 

けれど、これ以上の関係を望んでいないであろうことをなんとなく知っていた。

好きだよと言い合ったり、何度もごはんを食べたり、時々セックスをしたり、

「なんとなく声が聴きたくなって」と真夜中に電話がかかってきたりしたけれど

アキがそうしたように、一緒にいたいと言わなかった。

言いたかったけれど言えなかった。

きっと、アキもそのことを知っていた。

そういう空気みたいなのはいつもあったけれど、17歳には切ないことだった。 

 

 

「会えなくなった理由」は怖くて訊けなかった。

最後にかなり強引にお願いして、1度だけ会って、

置きっぱなしにしていた読みかけの本を受け取って

いつも通りにやさしい味のデリを食べて、さようならをした。

ほんとうにほんとうに、律儀でやさしい人だった。

ありがとうとか、また会おうねとか、言ったかもしれないし、言われたかもしれないけれど

申し訳なさそうな顔をしたアキが、ごめんね、と1度も言わなかったことがわたしを救った。

そのことだけは覚えているのに、最後に交わした言葉も、

あの夜、カボチャのサラダを食べたかどうかも、わたしはどうしても思い出せない。

 

 

***

 

わたしの靭公園の思い出。

2013年4月19日の日記。

夕飯につくったかぼちゃサラダが、考えるよりも早いスピードで脳みその記憶を司るとこに届いた。

4月なのに落ち葉だらけの大学でアキのことを思い出したときよりも、うんと早かった。