1月27日、ファンタジア
世間をさぼって生きてきた。
報いはもちろん、ある。
ことばの要らぬ焦燥もある。
ようやく重い腰を上げて動かそうとした
体や頭はこんなにもか、と思うほどに
うまくいかなくていやになってしまう。
バラバラの言葉が降ってくる。
それらを束ねるときの
点と点をつないで線にしていくとき
星座をつくることを、想う。
わたしは未だにそのように生きている。
飲み込めたこともある。
割り切れないことも、
取り返しのつかないこともある中で
光と陰がいつもわたしの側にある中で
それでもわたしはひとりでは生きていけないない世界の、光を信じたい。
うつくしい営みのひとつとしてその光だって忘れてゆくのだから、過ぎ去ってゆけるような涼しい風のようでありたい。
1月19日、傷つける
最近、書くことは朝起きてからするようにしている。
エアコンを入れっぱなしで寝てしまうことがたまにあって、喉が痛む。
そしたらわたしはまだ青い朝の空気を換気のためにそろりと開けた窓から
それを肺に吸い込め、溜め込み、全身に巡らせたそのあとに吐く。
「きのうはきっとまた遅くまで雨が降ってたのだろうな。」
冬の隙間からチラリとやってきた暖かい日のおかげで
外の世界の匂いは、土の、春の、生の匂いがした。
嬉しくなったわたしは少しだけ開けた窓を今度はガラガラと放ち、また大きく呼吸した。
よれたシーツをぎゅ、と
振り落とされないように掴んで
弛緩している脳みその片隅でわたし、
同じようになみだを流しながら
世界の淵に繋がれてる誰かを思い出す
球根を買ってきて水に浸けていたヒヤシンスの花が咲いた。
にんげんと違う呼吸の仕方をする生き物がいるのは安心することだね。
ピンクの花びらが元気そうで、わたしまで嬉しくなるね。
「つつがなくひびはくりかえされていく 」
すきな歌は飽きるほど聴いてもずっと、すきだな
きみに会えたら
うれしかった
それだけのチカラに打ちのめされて
どこまでいけるかな。
どこまでも飛べるなあって、まだ冬の日。
1月18日、手と手
永遠なんてないよ、と君が空を見上げながらニッコリというものだから
そうかもねって頷きながら、わたし、永遠に会えない人のことを想ってた
永遠は永遠だよ、それって泣きそうになるほどのさいわいよ