tayutauao

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1月12日、strobolights

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AM 7:05

冬の朝は気持ちが晴れたり曇ったりする。

それはなにもかもを放り出した窓にかかった

カーテンを引くときにやってくる感情の潮のこと。

まるでわたしたちの人生のような緩やかな波。

 

 

AM 9:34

お正月も終わり、また味気ない日々が舞い戻ってきました。

「あなたが寂しさを感じているのがわかる」

そう言われたことを不意に思い出して

そうっと後ろを振り返る。誰もいやしないのに。

寂しい、がなんだというのだろ。

みんなそうなんじゃないの、と言葉を飲み込む。

 

 

AM 11:56

うつむきながら生きているわけじゃない

千鳥足で歩いているだけ。

 

 

PM 14:21

机の上で冬のバラがもう10日ほど咲いてくれている。

こちらのことばで言えば咲いてくれてはる。

いつも使っていることばなのに、ぬくみを感じる。

 

 

PM 15:03

もう聞き飽きてしまった音楽には

いつもほんとうのことが眠っていた。

共感だとか、それが大切だとかではなく

気高くほんとうのことだけが眠っていた。

 

 

PM 15:09

あなたに触れれば触れるほど

分かち合った時間は、

ずっとはんぶんこでいたいと願う

 

 

PM 17:14

誰からも理解されないことと、誰からも理解されること

一体どちらがつらいことなのだろう。

 

 

 

 

 

1月12日、everything

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色付きのシャーレ

太古のひかりはとけあふれてしまった

最高深度の空をわすれてしまった?

冬。きみのこめかみ。集めかけの未来。

目の前のきみが、たたずむわたしのたんじゅんな感動だった。

 

(きみが手指の先を伸ばしたら、

 思いもかけず触れそうになったこれからの季節。

 ねがってもないことだってきみがえらんだこと

 あとづけられたせかいのすべて

 すべてをきみがかえてゆく

 すべてがきみでととのってゆく)

 

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わたしだけでほんとうのことがわかったら

背筋を伸ばして静かに黙っていたい。

きみをもてあそぶいつだって正しい誰かの言葉。

きみを傷つける誰かがとやかく言うことのほとんど。

ふるえてもやわらかでつよいままのきみに向かって飛び散ってゆく。

下を向いても涙を流さぬきみと過ごすこれからの季節。

景色はまるで、静かなわたしにはかわいく舞う花びらみたいだ。

わたしにはドラマチックに降る雪みたいだ。

 

 

 

 

12 月31日、なんでもないや

2016年にも年の暮れがやってきました。

わたしにとってこの1年は比較的穏やかに過ごせたのではないかと思います。

何より年末感がないことでそう思うのでしょうか。

暮れたり、明けたり、と思うけれど本当はただただ巡っているだけで

この冬を越えたらきっと春が来て、春が来たらわたしきっと

「冬が恋しい」と思うんだけれど、

それってもう次にやってくる冬に向けて走り出しているわけで。

その間にちょっと泣いたり、たくさん笑ったり、愛おしくなったり、突き放したり。

きっと日常が続いていくのだと思うとうんざりするような、楽しみなような。

そして、2年ぶりに社会に触れて「働く」、

ということがギリギリになってかないました。

(休みがちで迷惑をかけてばかりいたけれど)

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日々はゆらりと移ろって2年前より1年前、1年前より今、と

着実にいい方へ、いい方へと向かっているような気がしています。

わたしは巡るきせつを横目に明るい方へと舟を漕いでいる途中です。

 

 

さて今年1番響いたことばは

「みお、話してほしい」という

恋人のことばだったような気がします。

ちゃんと伝えられないことがもどかしく

読めて書ける、ということでどこまででも

いけるような気になっていました。

 

わたしは書くことが好きです

けれど話すことは苦手です

同じようで同じではない言葉とことば。

 

4年前、このようなことを言いました。

変わらない部分もあるのだと

安心したりがっかりしたりしています。

 

「なにかつたえたい」と思います。

たいせつでだいすきで仕方のない人たちに。

 

それでもうまくいえないことがある。

 

かなしいこともかなしいと、 うまくいえない

うれしいこともうれしいと、 うまくいえない

ほんとうのことをほんとうはね、いつもいいたい

 

それがわたしのよわさなのだろうな

それがわたしのかなしみなのだろうな

それがわたしのたたかいなのだろうな

 

文字を書くとき、はじめから収まりのいい言葉など、ただの一つもなく

それでも、飛び出した言葉にならぬ言葉のようなものは確かな意思を持って

それはほとんど、発語をしたことのない赤ちゃんのような口元をしています。

言葉はちゃんと収まるべきところを知っているように思えるのです。

たとえ時間がかかったとしても。

 

けれども、話そうとするとき、体とことばは確かに距離を持って

それぞれに時差ができ、頭の中で氾濫を起こす。

そのうち涙だけがポロポロと流れて

家族、友達、病む人や恋しい人にさえ、やさしいことばをかけられない。

思ってることの半分も言えず、行動に移せない。

そうすると口元は情けなくもごもごと空気をこねることになる。

 

そう、「書くこと」でどこまでも行けると自由の羽を得た鳥は

「話すこと」で水の中で溺れる魚となる。

同じ「伝える」ということなのに、

身体性こそ違えど同じ道具を使うのに、

わたしにはそのギャップを埋めることがひどく遠い道のりに思える。

 

伝えたいことも伝えられないまま夜に溶けてゆく

真っ黒な服を着た私の輪郭

なのにかな、だからかな、

本当に大切なことの輪郭がきゅうっと浮かび上がってくることがある

 

「今のあなたにとって大切なことってなあに?」

そんな問いかけが聴こえてくる。

 

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好きな人たちの写真ばかりが増えていく

なんてことのない携帯写真とかインスタントフィルム

あるのは誰かや自分の笑った顔。

こうやって自分のために文章を書くというよりかは

誰かに手紙を書いてる時間が増えた。

それはもう、たくさんの愛を込めて。

 

「表現すること」を諦めるのはこわいと思っていた

まだ、少しだけこわいと思っているけれど

それはそれで、とびきりロマンチックでドラマチックな毎日が

わたしを待っていることに気付けなかった。

 

いつもどこか寂しげだったわたしへ

大切なもの両手に抱えていっぱいいっぱいなわたしへ

 

どんな自分も許してあげよう

その時その時で大切なものは変わるから

今を生きて、新しい空気を思い切り吸い込んだら、

また生まれるものもあるかもしれないね

 

 

というわけで今年もお世話になりました

みんなにもわたしにも新しい年がめぐってきます。

楽しいことをしましょう

たくさん笑いましょう

あなたに素敵な1年が来ることを願いつつ

 

 

2016年12月31日 とまべちみお

 

 

12月30日、メロディーフラッグ

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「酔っ払うと記憶、なくしちゃうんだよね」

君がそっと笑う。

だから私が残してあげると言った。

君は爪弾き、歌う。裏声がきれい。

酔った息でたまにあくびをしながら君が歌う。

 

君がダメダメでもいいよ、私がしっかりしてあげる

だなんて言えなくて、ただ君が歌ってるのを聞いている

私も酔っているのかもしれない。

 

そんな生活、と君が笑う

悲しい、と君が笑う

疲れたらちょっとさ、と君が歌う

 

歌ってるのをただ聴いている

仕方なさそうに笑っているのをただ聴いている